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住宅/ビル/マンションのデザイン建築設計事務所をしている片岡直樹が向学のために名建築を訪ねるシリーズです。
初めて見る建物ばかりなのに、日本人が思い浮かべる初源的な建物でどれも見たことがあるように感じられます。心象風景を見ているようで、再認識させられ勉強になりました。
奄美大島にあった高床式の倉庫とのことです。初源的なフォルムに力強さを感じました。
江戸時代後期に建てられた民家です。三鷹市野崎二丁目にあった建物を移築したようです。
吉野家は江戸時代の名主役を務めた家といわれ、格式の高い家のようです。
式台付きの玄関が特徴があると思いました。
綱島家(農家)(つなしまけ)は、江戸時代中期 世田谷区岡本三丁目に建てられた民家だそうです。茅葺と真壁造りで大広間のある民家です。
八王子千人同心組頭の家(はちおうじせんにんどうしんくみがしらのいえ)|江戸東京たてもの園
江戸時代後期に八王子市追分町に建てられていたようです。
八王子千人同心は、江戸時代、八王子に配備された徳川家の家臣団とのことです。 式台付きの玄関になっていました。
主屋:1952年(昭和27)土蔵:1874年(明治7)港区西麻布三丁目に建てられていた邸宅のようです。
玄関のプランニングが現代のいわゆる和風注文住宅の王道のような雰囲気があります。このような建物を参照して現代の和風注文住宅があるのだと思いました。
南に縁側越しの日本庭園が望める造りは、日本人の理想の豪邸で、これが現代の注文住宅で全国に普及しているステレオタイプの原型なのではと感じました。
1652年(慶安5)新宿区市ヶ谷富久町に尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立(こんりゅう)した霊屋だそうです。
1902年(明治35)港区赤坂七丁目に建てられていたとのことです。
1936年(昭和11)の2・26事件の現場になったそうです。
1928年(昭和3)台東区池之端二丁目の不忍通りに面して建っていた小間物屋(化粧品屋)だそうです。 正面は人造石洗い出し仕上げが当時あったものなのだとわかりました。イオニア式の柱の飾りでしょうか昭和初期モダンの感じがします。木造で湿式仕上げで地震時層間変位によるひび割れとかどうしていたのでしょうか。復元した建物だからだと思いますがきれいでした。
1856年(安政3)台東区下谷の言問通りにあった居酒屋だそうです。 震災・戦災をまぬがれた建物だそうです。
現代の木製ルーバー建築の原点のような建物です。初源的な構成が勉強になります。
1929年(昭和4)足立区千住元町に建てられていたようです。
東京の銭湯を代表する建物です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風(からはふ)や塀を含めた全体の構成がこれぞ日本人が思い浮かべる銭湯なのではと思いました。
1879年(明治12)文京区向丘一丁目に建てられていた〈出桁造り〉の町家だそうです。
非常に整った木の縦格子が安定感を感じます。
木製ルーバーと木製塀とくぐり戸の構成が初源的な江戸の町屋の構成に感じられます。
1933年(昭和8)港区白金五丁目の建物のようです。 庇の下の腕木とその上の桁が特徴の〈出桁造り(だしげたづくり)〉が典型的で王道な商店の構成に感じます。
江戸時代末期~明治時代初期に青梅市西分町の青梅街道沿いにあった旅館のようです。日本式旅館の原型として勉強になります。
1926年(大正15)に傘づくりが盛んであった江戸川区小岩に建てられた和傘問屋のようです。こちらも出桁造り(だしげたづくり)で商店の構成として安定感を感じます。
港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建ての鰹節乾物商店です。3階の軒下を伝統的な〈出桁造り〉にする一方、間口に対して背が非常に高く、よく当時こんな3階建てが建てられたと感心しました。現在の基準ではみるからに壁量が不足していると思います。
建物1階の角のXY両方向の隅の壁がなく窓になっています。地震が来たらすぐ倒れてしまうのではと推察されます。
道路側ファサード面が3層で高くされていますが、奥は2層で仕上げがファサードと妻面で極端に違うと感じました。
ファサードは社会的に要求された大事な面なのだと再認識しました。
2階と3階の接合部分の急激な変化が、地震にまったく対応していない造りに見えます。
写真左の武居三省堂(文具店)(たけいさんしょうどう)は、1927年(昭和2)千代田区神田須田町一丁目で、明治初期に創業した文具店だそうです。右の花市生花店(はないちせいかてん)は、1927年(昭和2)千代田区神田淡路町一丁目の昭和初期に建てられた〈看板建築〉の花屋だそうです。緑青銅板と白いガラスショウウィンドウの枠が素敵です。
ファサードと妻面のコントラストが潔い感じがします。
昭和初期千代田区神田神保町三丁目に建てられた荒物屋だそうです。銅板の菱葺きでしょうか。
銅板菱葺きといえば、私が設計したプラザレジデンス9があります。景観法で金属板外壁仕上げが規制され本来仕上げとして用いることができませんでした。しかし、審査段階で銅板菱葺きをファサードにする提案をしたところ審査が了承されました。背景には日本人の心象風景として審査員にもこの建物のようなイメージがあるからだと思います。
ファサードの看板建築としての銅板葺きと実用の長屋の側面が費用のかけ方のコントラストが強すぎるように感じます。当時では、銅板葺きと杉板下見張りでは工事費が何倍も違うのではと思います。それほどまでに看板としてのファサードに注力して集客をしていたということなのだと思います。商業ビルの原点としてファサードの重要性を再認識しました。
1927年(昭和2)中央区新富二丁目に建てられていたようです。建物の前面を銅版で覆ったファサードが、〈看板建築〉の特徴をよくあらわしています。
他の建物は側面が杉板下見張りで安く仕上げられていましたが、この建物は側面も金属板平葺き仕上げで屋根がマンサードのようになっていて銅板葺きで統一されています。これは建物全体にバランスがとれていて現代の建築に近い考えだと思いました。
観覧料を支払って入園しないと建物外観も見えないので、来園する日時に注意が必要です。
tel:042-388-3300
fax:042-388-1711
開園時間
4月~9月:午前9時30分~午後5時30分
10月~3月:午前9時30分~午後4時30分
休園日
毎週月曜日(月曜日が祝日または振替休日の場合は、その翌日)年末年始
駐車場
有料 コインパーキング
観覧料
小学生・未就学児童
上記は2018/1/30現在の情報です。
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片岡直樹建築設備設計一級建築士事務所
代表 片岡直樹
設備設計一級建築士
一級建築士
管理建築士
読売理工医療福祉専門学校非常勤講師
2014グッドデザイン賞をデザイナーズマンション プラザレジデンス9の設計監理にて受賞致しました。
2008グッドデザイン賞をデザイナーズマンション プラザレジデンス8の設計監理にて受賞致しました。
建築雑誌KJ2016年12月号にデザイナーズマンション3作品が掲載されました。
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